脱都心コンシェルジュ

海を楽しむ暮らしのコンサルタント

ノスタルジックな名車と脱都心

近代的な車にはどことなく味気なさを感じる。
機能性・安全性・スピードを重視し、大型化される車達。

そもそも車って何だろう?と考えると、人の役に立つ機械として生まれ造られた物だったのだろう。。。
富裕層に向けた機械から、富裕層へ向けた満足感に変化し、時代は車に対するデザインを無視できなくなっていったのではないだろうか。

近代的な車に様々な使命が付加された事により、シンプルなデザインが変化してしまった気がする。 
安全対策は大切な事ではあるが、車の運転そのものの楽しみが薄れて来ている。

あれもこれもと人は贅沢になりがちで、世の中は資本に左右される時代。
だからこそ、希少性の高いノスタルジックな車が名車と言われるのだろうか。

とてもシンプルな工業デザインと当時の時代背景から想像すると、現代はまさに息苦しい世の中に変化している。
目まぐるしい時代の変化に対応することに疲れた感は否めない。
人は心の安らぎをノスタルジーに頼るのではないかと感じる。
ビンテージブームの到来もその一つではないだろうか。

これはきっと自然な成り行きなのだろう。
生を受けた以上今を生きなければならないが、時代のスピードについていけない記憶や心というDNA。
人間本来がもつ能力にはまだまだ変化が生まれていないのかもしれない。

コントロールされるよりコントロールする

BMW2002(マル2)の愛称で親しまれる名車。  たまたま出会ったランドスケープデザイナーが大切にする車。  この人柄とセンスの良さが、またマル2を美しく魅了させてくれた。 この名車のハンドルを握れば、自ずと車を自身でコントロールしていくことになるであろう。 コントロールする楽しさは自分らしさに繋がり、心や行動にあらわれてくるのではないだろうか。 人柄とセンスは少しのきっかけで変化し育ってゆくもの。 流行り物に流されその気になった感覚の人が増殖している世の中で、。 本物(自分自身)を見つけ育ててゆく感覚を身につけたいものだ。

好きな物に囲まれた生活

都心へ住むにあたって何が重要視されているのだろう。 通勤時間かそれとも単純に変化を求めていない生活が板に着いている感覚か。 古き良き名車と同じ感覚がここ鎌倉や葉山に存在している気がする。 現代の車は人の感覚によって運転するのではなく、車の完成度に大きく左右される時代に変化してきた。 鎌倉・葉山・逗子の様な田舎町に住むには自分自身と向き合う必要がでてき、 自信をコントロール・運転していると他ならないのではないだろうか。 会社への通勤時間が40分を超えているのであれば、あと20分我慢すれば鎌倉や逗子方面への引っ越しも可能です。 運転は心地よくオリジナルな生き方に近づくのでは。。。
  • Facebookでシェア